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永田 徳本

1月 18, 2012 投稿者 碧南市

プリントイメージ

富める者も貧しい者も公平に、118歳を全うした医聖


 永田 徳本 (ながた とくほん) 1513年~1630年



 大浜に生まれ、信濃国甲斐にわたる
 徳本翁は、永正10年(1513)頃大浜に生まれた。〔甲斐国谷村(現 山梨県)に生まれたという
異説もある〕少年の頃、陸奥国で仏門に入り、鹿島(現 茨城県)〔出羽・現 山形・秋田両県の大
部分という異説もある〕に行き、最初は僧残夢を師と仰ぎ修験道における神仙吐納を学んだ。
 後に月湖道人や田代三喜、玉鼎らより李朱医学を修め、甲斐(現 山梨県)に移り住んだ。


 武田信虎、信玄の侍医になる
 当時、甲斐の国主であった戦国大名武田信虎、その子武田信玄の侍医となった。諸国巡遊の中、
甲斐国に最も長く滞留したことから「甲斐徳本」とも呼ばれた。武田家は、息子の信玄と父信虎が不
仲になったため、甲斐にいることが嫌になり、天文10年(1541)に信州諏訪の東堀村に移り住んだ。
そして御子柴家に寄寓し、その娘と結婚した。


 独自の医説、独自の処世訓をもって
 当時盛んな後世家医方を学んだが、これに飽きたらず独自の医説をたて、中国後漢の張仲景の
医説によるべきことを主張した。疾病は鬱滞に起因し、多くは風寒によって発病すると説き、いわゆ
る汗・吐く・下・和の治療法を唱え、作用の激しい薬を用いて病気を攻撃することを主旨とした。張仲
景の「傷寒論」のなかの法則は、このとき初めて日本で行われたと言える。独自の処世訓をもち、
医家の風俗矯正に熱心であった。


 薬袋を首にかけ、諸国を巡った
 武田家滅亡後は、戦火を逃れて東海・関東諸国を巡り、貧しい人々に無料で薬を与えたり、安価で
診療を行ったとされる。伝承によれば、徳本翁は首から「一服18文(一説によれば16文)」と書いた薬
袋を提げ、青牛の背に横になって諸国を巡った。どんな治療を行っても18文以上は、取らなかった。
また、貧者には無料で診療を行った。人々は、徳本翁のことを「18文先生」と呼んでいた。
 京都の名医曲直瀬道三らと往来した。そして、天正10年(1582)、70歳になろうとしたとき、甲斐に
帰り、甲府の横近習町に住んだ。後に上一条町に移った。


 植物学にも通じ、甲州ぶどう葡萄の基礎をつくった
 徳本翁は山野を巡り、薬草を採取しながら研究したため、本草学にも精通していた。慶長20年(1615)、
102歳頃にぶどうの接ぎ木、挿し木やぶどうの棚架け法などを発明して村人に教えた。そのことが、今日
の甲州葡萄の隆盛につながったと言われている。


 将軍秀忠の大病を治す
 寛永2年(1625)、前将軍(二代将軍)徳川秀忠は大病にかかった。多くの名医がいろいろな薬をすす
めても効果がなかった。医聖徳本を推す人があり、秀忠の前に徳本翁が呼ばれた。そして徳本の処方
した薬で、秀忠は見違えるように全快した。そのときも、薬代は「一服18文」の計算で受け取り立ち去っ
たと言われている。そのことによって、ますますその名を挙げた。


 118歳の長寿を全うする
 晩年は現在の岡谷市に居住し、寛永7年(1630)、数え年で118歳の長寿の末死去したと言われてい
る。信州東堀村(現 長野県岡谷市)に墓と記念碑がある。その人生は謎と伝説に包まれている。
 著書に『梅花無尽蔵』『徳本翁十九方』『医之弁』『知足斎医鈔』などがある。


 イボ神様、永田徳本
 徳本翁の墓は、今の岡谷市長地柴宮・尼堂淨苑(東堀の尼堂墓地・東堀八幡宮柴宮の裏)にある。そ
して、その墓は、「徳本の籃塔」と呼ばれ、その籃塔の中には沢山の石が詰まっている。今でもその石を
借りていき、自分のイボをこするとイボが治るというオマジナイ的なしきたりがある。そして、イボが治った
お礼は、石の倍返しとのことだそうである。


 名前のこと 
 碧南市音羽町の宝珠寺裏に徳本稲荷があり、病気平癒を祈願する人々が今でもお参りに来ている。そ
の稲荷社の横に、徳本翁の記念碑が建てられている。
 徳本翁は、大浜羽城の長田重元の弟で、永井直勝の叔父に当たると言われている。ただ、徳本の出生
や系図については諸説があり、長田重元の甥、重元の孫、あるいは長田の分家の子であるなどとも言わ
れ、「長田徳本」と書かれてある書物が多い。また、歴史の悲話により長田の長をナガと読むことから「永
田徳本」とも言われるようになった。


 「株式会社トクホン」の社名の由来
 日本の製薬会社、「株式会社トクホン」は、「医聖」徳本翁の名前から付けられた社名である。また、「ト
クホン(プラスター)」という同社の消炎鎮痛プラスターの商品名でもある。
 同社では、徳本翁に尊敬と感謝の念を込めて「徳本先生」と呼んでいる。


                             (碧南を駆け抜けた熱き風たち-碧南人物小伝-より)

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